【全文公開】僕が中3の頃書いた作文が「じゃんごブログ」すぎる件。

どうもです。
秋田で収入0円生活中のじゃんごです。

僕は、美郷町立仙南中学校出身。

中学校の建物自体は今でも残っていますが、「仙南中学校」という名前ではなくなり(市町村合併や廃校がきっかけで)、現在その建物は「仙南小学校」として利用されています。

僕の中学では、毎年学年が上がるごとに全校生徒が作文を書いていました。その作文は「磯馴松(そなれまつ)」という一つの冊子にまとめられ、全校生徒の手元に配られます。

磯馴松が生徒たちへ配られると「お前の作文なんだよこれ!」とか「〇〇先輩の作文、すごくよかったよね!」とか、クラスみんなで感想大会がはじまるのが、仙南中の風物詩でした。僕は、友達の意味不明な作文で大爆笑したり、気になるあの子の作文をまじまじと読んだりできるから、毎年個人的に磯馴松を楽しみにしていました(笑)

そして僕は、中学の頃から
文章を書くのが好きでした。

…というより、中学時代の僕は、先生のモノマネをしてクラスを沸かせたり、奇行をして注目を浴びるのが格好悪い!(斜に構えるのがかっこいい)と思っていたんです(笑)別角度から僕の注目を浴びたほうが断然いい。それが僕の思春期思考でした。

だから磯馴松を書くのが毎年楽しみで、「どうやって皆に読まれるのか?」「どうしたら文章で笑ってもらえるか?」を考えて、中学生ながらも文章構成・編集作業を大切にしていました。

 

あの頃は考えてもいなかった、
秋田で収入0円生活
文章を書くという生活。

 

中3時代の磯馴松を読み返していたら、ちょっと面白かったので、恥ずかしいですが、公開しようと思います。良くも悪くも、よく中学生でこんな文章書いてなたぁ~って感じです(笑)

前置きが長くなってしまいました。

以下、
じゃんごが中3時代に書いた作文です。




三年間の集大成を、あなたの心に御届けします。


「ウォーリーをさがせ」はとても難しいトリック系の絵本です。何回やっても、転んでいる人など、目立つ人しか見つけ出せません。

そこでぼくは考えました。

」です。

そう、笑うのです。

心の底から。

 

UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)医学部の、ノーマン・カズンズ教授は、笑うと交感神経から分泌される「エンドルフィン」が健康に大きな影響を及ぼすと立証しました。

さらに教授は、ネガティブな心の持ち方は病気、敗北感、後ろ向きの思考につながるが、ポジティブな心の持ち方は愛、希望、人への心くばりが「エンドルフィン」の分泌につながると証明しています。

だからウォーリーを探す際、「見つからねぇ。」など言ってネガティブになるのはやめましょう。

また、両手の指が全部で三本、右足指が三本、左足は5歳の時に切断しているロジャー・クロフォードは講演会で「ポジティブな考え方が必ずうまくいくとは限らない。しかし、ネガティブな考え方は必ずうまくいかない」と言っています。

ロジャーはテニスの選手としても活躍していて、僕は魂を揺さぶられました。これに関しては、すごいの一言に尽きます。

 

以上の事を集結させると「ネガティブという壁にぶつかったら、ポジティブ一筋で乗り越える」となりそうです。ノーマンさんやロジャーさんのように、ポジティブな考え方をする人がいるからこそこの世界が安定していると思います。

このような考え方をする
人間に変わりたいです。

いささかタイミングが悪いですが、最後に大空へ向かって誓いたい事があります。

それは

みんなの周りを笑顔で一杯にすること」と「死ぬ時は、絶対笑って死ぬこと」の二つです。

 


どうでしたか?

いつもの「文章量が多くなるから無理矢理まとめてる癖」が滲み出ているのがわかります(笑)

それでも、今の状況になって読み返した時、自分の気持ちを勝手に宣言するところ、じゃんごブログにそっくりだなって思ったんです。しかも超ポジティブ。確かに、あの頃から僕は、ポジティブ思考の天才だったと思います。

あと、今と似てるのが

「あなた(誰か)」に向けて書いてるところ。

 

中学の頃から僕は、

「あなた」に届けたかった性格でした。

今でもその性格は変わってません。

 

あの頃、僕が宣言した、

みんなの周りを笑顔でいっぱいにしたい。

笑って死にたい。

 

僕はそれらを
大好きな秋田で叶えようと、改めて思うのでした。


▲生徒が殴り書いた原稿をPCに落とし込み、磯馴松になる。先生がやってくれてたのかな?ありがとうございます!

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