秋田の大自然のように強く生きたい

どうもです。じゃんごブログ編集長です。本日はタイトル通り「秋田の大自然のように生きたい」という私の決意表明的な、読んで下さる方に需要があるのか?みたいな事を書いていきます。

 

 

秋田の自然

秋田の自然は素晴らしい。美の国秋田。秋田=広大な大地や自然….。「秋田と言ったら?」を代表するコトバたち「自然」

自然は秋田にとって切っても切れない関係にあるようです。

そもそも、秋田=自然という事は言わずと理解できるのですが、心のどこかで「本当に自然って魅力的?」と思っている自分がいました。自然があるから良いの?自然がありすぎて良さがわからないよ~。などなど、私の心の中は秋田の自然に対して疑問形。冬以外虫も多いし、森林からは熊がでるし、自然の何が良いのか。いっそ都会のビルと交換してくれと思う勢い。

ですがこの前、秋田の自然を見直す…というか、素晴らしさを感じた出来事がありました。

 

 

秋田を襲った大豪雨

7月下旬、秋田県全域は大豪雨に見舞われました。結果的に死者はでていないものの、床下浸水や土砂崩れが多発し、生まれて初めて天災の恐ろしさを実感しました。

私の実家は田んぼを持っており、その田んぼの様子を見にいったら洪水どころではない洪水。まるで田んぼが用水路のような状態で「今年の田んぼ、死んだな」とさえ思える程のヤバさ。あの日降り続いた雨はカオスでした。

初めて体験した大豪雨が過ぎ去り、ドローンとかの映像が秋田県内に放送された頃、家流されなくてよかったーと安堵していた頃、私は秋田の大自然に心を奪われたのでした。

 

「雨の後は必ず晴れる」
昔、ばっちゃんが教えてくれた言葉。当たり前と言えば当たり前なのですが、当時幼かった私にとって納得がいく言葉だったから、妙に覚えている。

初めて体験した大豪雨が過ぎ去り、ドローンとかの映像が秋田県内に放送された頃、家流されなくてよかったーと安堵していた頃、私は秋田の大自然に心を奪われたのでした。

 

玄関のドアを開ける。ばっちゃんの言う通り、太陽が「昨日の雨、悪かった!」と言わんばかりの快晴で私を照り付けた。

私の家の周りは(秋田の田舎なので)あたり一面、田んぼと山。今までの私なら「何ここ、何もないじゃん。」とため息をつくであろうその景色が今日は違って見えた。輝いてた。田んぼも山も風も川も。

 

あれだけ用水路化していた田んぼの稲は、皆そろってケロッと頭を出している。なんで?昨日ほぼ雨水に浸かってたのに。田んぼの稲には顔がついていないけど、その日だけは「まけないよ、へっへ~ん!」みたいな表情を確かにしていた。家の周りが大自然に囲まれていて、高層ビルも、車の騒音もない、秋田だからこそ、体感することができるという特別感が体全体に染み渡った。自然パワーみたいなの。こんな気持ちになれるのは秋田に住んでいるからだ。秋田で良かったと再確認した。いや、初めて体感した。

今まで「なんで秋田の魅力って自然なの?」という疑問しか浮かばなかった秋田の自然に対し、顔面を床にこすりつけて謝りたくなる。


 

すごく誇らしい秋田の自然。

あの日、確かに自然の生きる強さというか、パワースポットであやかれるようなパワーを感じた。私が抱えている「仕事の不安」とか「人間関係」とか本当にどーでもよくなった。こんな大自然に囲まれて生きているのだから、なんだかイケそうな気がすると叫びたくなるくらい、根拠のない自信が湧いてきた。

 

長ったらしく秋田の自然について書きました。

本当に秋田の自然って素晴らしいな、と大豪雨のお陰で気づかされました。自然を見て育って生きてきたつもりが、本当はちゃんと見ていなかった私。

23歳。人生これからなのか、もう4分の1が終わったのか、全くもってわからないけど、もっと秋田の魅力を肌で感じながら生きていきたい。そう決意した日のことを書きました。

 

 

秋田の魅力ってまだまだあるよね。

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